牧場経営をしていて、休みらしい休みといえば、ぽたぽたと空から雨が降ってきた時ぐらいだった。
そう、ちょうど今朝みたいに。
朝、四人で動物たちに、外に出られない分たっぷりの愛情とエサを与え、小屋の掃除をしてやる。
いつもは作物の世話もあるから二人で分担してやる作業は、四人でやってしまえば、あっという間だった。
その日の出荷物をチェックし終わると、オレ達は少し遅めの朝食を取った。
朝食を作るのは、タケにいとヒカリだった。当番制だけど、朝だけは手際のよい二人がいつも準備してくれている。
オレは、アカリねえと一緒に机の上を拭いていた。テーブルの真ん中にはトイフラワーが慎ましく彩っていた。
「アカリねえは、いつになったら料理上手くなるんだ?」
「…ユウキ?私の前でその台詞言ったの何回目?」
「さあ…。だっておかしーじゃん、チハヤから料理習ってるはずなのに。」
なんであんな未知の味がするオムライスが作れるんだろう。
あれはあれで天才なのかもしれないと思った。ゲテモノ料理のね。
昨日の晩御飯を思い出しながら、オレはちょっとだけ気分が悪くなった。
これからさわやかな朝食だというのに。
「最近は習ってない…。忙しいって。」
「それは…」
逃げられてるだけじゃあねえの?
という言葉は言わずに飲み込んだ。
1番体力や持久力があるのは、アカリねえなのだ。だから鉱石場やタムタムの森に行って、1番稼いでくる。
そんなアカリねえと喧嘩して、勝てるかって言ったら…そりゃあ、なあ?
「朝ごはん、出来たよ。」
タケにいの穏やかな声が、空気に乗ってオレ達の耳に届く。
同時に、ぐーっと腹の虫が鳴りそうだったから、ぐっとお腹に力を込めて、黙らせてやった。
「今日は、ふわふわオムレツとレタスのサラダ。
後、昨日焼いたパンを温めなおしたやつなの。」
オムレツがのったお皿を運びながら、おっとりとヒカリは言った。
「うわ、さすがタケにいとヒカリ。うっまそー!」
「ちょっとユウキ!どういうあてつけよ、それ。」
「別にアカリねえが下手くそとか言ってないから」
口ではね。
「まあまあ、とりあえず食べよ?」
絶妙なタイミングで、この場を仲裁したタケにいは、さすが長男って感じだ。
その隣でヒカリは、すでにいただきますを終わらせ、食べ始めてる。…さすが末っ子。
「いただきます。」
声をそろえていう。ヒカリはもう食べ初めていたけれど、でも一応言っていた。
ああ、こういうとき家族っていいよなあって、思う瞬間だ。
今日採れたての、タマゴと牛乳をふんだんに使ったオムレツは、ヒカリがふわふわと言ってた通り、本当にふわふわだった。
やわらかな黄色のオムレツの上にかかる、てらりと光るケチャップはパレットに描かれた絵の具のようだった。
口の中でそのおいしさを楽しみ、オレは胃袋の中にゆっくりとそのおいしさを閉じ込めた。
この二人と結婚できるやつは幸せだろうなあ。
「おいしい。」
アカリねえの声が隣からオレの耳に伝わってくる。
アカリねえは本当においしそうに食べる。
食べてる姿を見ると、一瞬アカリねえの幼い頃を思い出すのだ。
「ユウにい、またミニトマト残してる。」
斜め前から鋭い指摘。ほんとによく見ている。
せっかくオムレツのふわふわ感を楽しんでいたというのに。
「違うの。オレは好きなものを後で食べる主義なの。」
「昨日は全く反対のこと言ってたくせに。」
「うるないなあ、ならお前もパセリ残さず食べろよ。」
「いまはパセリないもん。」
「まあまあ、もったいないからユウキのミニトマトは俺が食べるよ。」
「タケにいはユウキを甘やかしすぎだって。少しは厳しく育てないと。」
アカリねえまで入ってきた。
育てるって…オレもう19になるんですけど、おねーさん?
そんな風にがやがや言っていると、アカリねえがつけていたテレビが、天気予報になった。
お天気お姉さんのエリィさん(ちょっとオレの好みの人)が、
『今日の天気をお伝えします。』とよく通る声で言うと、ぱっとみんな頭をテレビに向けた。
さすが牧場を経営している兄弟だけはある。
『今日は雨模様の天気ですが、午後から晴れるでしょう。降水確率は60%から20%になるでしょう。続きましては〜』
エリィさんの声が、部屋に響く。
「エリィさんが晴れだってよ。」
「草が濡れてるから動物たちは外に出せないし、本当に休日みたいになったね。」
「せっかくだし、久しぶりの休日を楽しもうよ。」
アカリねえが弾んだ声で言う。
向かいのヒカリもこくんと頷いている。
「ピクニックでもいく?」
長男の提案にいち早く反応したのは長女だった。
ぴんと手を伸ばして賛成の合図をだす。
「行きたい!」
「いいねー。アカリねえの作った弁当じゃあなかったら大歓迎。」
「ちょっとユウキ!」
「お弁当は、わたしが作るから大丈夫。」
「ヒカリ…。それもちょっとアカリに失礼なんじゃあ…」
またがやがやわいわいが始まった。
ピクニックに行くって行っても弁当作ってからだから、まだもう少し先の話だ。
それまでは、まだがやがやわいわいのいつもの休日の朝だ。
「でもそういえば、タケにいピクニック行っててもいいの?」
オムレツを切り分けていたヒカリが、口を開けた。
ぽつりと言った言葉だったけど、兄弟全員がヒカリの方を向いた。
「なんで?」
オレが聞く。
ハーブティーを淹れるためにキッチンに立っていたタケにいも、怪訝な顔をしてヒカリの方を見ていた。
「せっかくの休日なんだし、デートにでも誘ってみたらいいのに。」
「ヒカリ!?」
びっくりしてタケにいがヒカリの方を見た。
今タケにいの手に包丁がなくてよかった。
あったらこの人、確実に落としてる。
「え、なに、タケにい好きな人いんの!?」
「知らなかったのユウにいくらいだから。」
「ヒカリはどうせ魔法使いに見てもらって突き止めたんだろ?」
「なにそれー。そんなこと頼みませんーだ。」
「態度見てたら分かるからねー。ユウキ鈍感よねー。」
アカリねえの言葉をオレは軽く受け流した。
「で、どこの誰?」
「ちょ、たんまたんま。」
慌ててタケにいは、片手を振りながら待ってのポーズ。
もう片方には、オレが頼んだハーブティーを持っている。
ハーブティーこぼれないのかな。
てか、なんでオレだけ気づいてないんだろ?男同士だからか?
「じゃあさー、ピクニック行った先で教えてよ。な?」
奇跡的にこぼれていないハーブティーを受け取って、オレはにかりと笑ってやった。
かんべんしてくれよ、といいながらタケにいはくすくすと笑っているヒカリの方を見た。
「ヒカリー。」
「もういいじゃん。どうせタケにい分かりやすいからばれてたと思うし。」
「でもユウキは気づいてなかったけどね。」
「アカリねえは、一言多いんだよ。」
いつもの休日。でもちょっとだけ前よりも新しい変化がある休日。
そんな毎日をオレらは送ってる。
きっと、ずっとは続かないけれど、それでも毎日少しずつ変化していく中で、変わらない変化もきっとあるよな!
てなわけで、これがオレらの休日。
しょーもないことでも笑えるいい兄弟だってオレは思ってる。
ところで、タケにいの彼女。
お前は知ってんの?
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