さわさわと軽く吹いてくる風で広がる髪を押さえながら、
あたしはじっと目の前でおいしそうにミルクを舐めている犬を見つめていた。
あらためて言うのも変だけど、大きな犬。
少し薄汚れているけれど、シャンプーをしたらきっと綺麗な白色の毛並みを見せるんだろうな。
食べ物を食べている最中に頭を撫でると、ご飯を横取りされると思って唸り声をあげるから、
あたしは頭を撫でたいのを我慢して、じっとミルクがなくなるのを待っていた。
「アカリ。」
スープ皿からのぞいかせた鼻面を眺めていたあたしは、ふっと声がする方に顔をあげた。
資材を何本も担いだルークがすぐ近くまで来ていた。
「ルーク。」
「資材ってこれ使っていいのか?」
「うん。ほんとありがと、通りがかっただけだったのに、犬小屋建ててくれるなんて。」
「いいぜ、本職だしな。」
ルークはそういうと、工具箱の隣に資材を置いた。
あたしはこれから始まる新しい出来事に、内心わくわくしていた。
犬小屋作りなんて滅多に見れるものじゃないし、ルークがこうやって大きなモノを作るのを見るのは、実は初めてだったりした。
「資材足りる?」
「充分。」
ルークは資材を近くに置くと、犬に近づいてわしゃわしゃと頭を撫でた。
あ、と思う間もない出来事だったのだけれど、
犬はすでにミルクを飲み終えていたらしく、ルークが頭を撫でても唸らなかった。
食事の時間を邪魔しちゃいけないと思って、ずっと撫でるのを我慢していたあたしは、
犬の長い毛を撫でているルークの筋張った手を恨めしそうに睨みつけた。
「ずるいルーク。あたしが初めに撫でようと思ってたのに!」
「へへー、早い者勝ちっていうじゃん?俺の勝ちー。」
「なにそれー。」
べしっとルークの肩を叩くと、いってーと大げさなリアクションが返ってきた。
ルークの腕の中でじゃれている犬の腹を、あたしはくしゃくしゃと撫でてやった。
犬は気持ちよさそうに目を細めて、手足を伸ばしてくつろいでいる。
ルークとしゃべってる時のテンポが好きだと思う。
あたしがしゃべったら、期待するよりも大きな反応を示してくれるところとか。
なんでもないことで二人でけらけらと笑うことができるとこも。
「よしっ!さっそく作っちまうか!」
ルークはそういうと、パンとズボンを手で叩いて立ち上がった。
「よろしくおねがいしまーす!」
「って、アカリ。お前も手伝うんだぞ。」
「分かってるって。」
トントンカン。
トンテンカン。
リズムよく打ち付けられていく釘は、いとも簡単に板の中に収まっていった。
マジックみたい。あたしは、目を丸くして、板に吸い込んでいく釘の姿を見つめていた。
さっき試しに打ち付けさせてもらったのだけれど、あたしが打った一撃は、ぺたりと釘を曲げてしまうだけだった。
トントンカン。
トンテンカン。
さっきまで、あたしのぺちゃんこになった釘の姿を見て、おかしそうに笑っていたルークが、
今は全然違う瞳で釘を見つめていた。ちょっと反則だって、あたしは思った。
「アカリ、釘くれ。」
「うん。」
あたしは工具箱の中から、新しい釘を数本とるとルークに渡した。
ばらばらの板の脇に、くにゃりと曲がったあたしの釘が転がっている。
「サンキュ。」
にかりと小さく笑ってくる。これだって反則。
ルークだからこそできる反則なんだろうけど、ちょっとくやしい。
どんどん組み立てられていく、犬小屋は、ところどころいびつな部分もあるのだけれど、
でもルークの瞳を見れば、そんな部分がすべて愛しいような、健気なものに見えてくる。
これこそ、マジックみたいだ。
「できたー!」
ハンマーを持ったまま、ルークは大きく言った。ううん、間違い。大きく叫んだ。
大きめの小屋。新しい木の匂いがする。
あたしとルークで塗った赤い屋根。ムラがあるけど、そんなの気にしない。
「やったー。ありがと、ルーク。」
「おー、今度キルシュ亭でなんかおごってくれよ!」
「まかせて。」
初めての共同作業ってやつかな。
楽しかったな。なんだか子供の頃に戻れたみたい。
あたしは、小屋に鼻をくっつけてふんふんと匂いを嗅いでいる、この小屋の主に近づいた。
「よかったねー、レンブラン。お前の家だよー。」
くしゃりとレンブランの頭を撫でてやった。レンブランは、気持ちよさそうに頭をこっちに摺り寄せてきた。
その顔が、大人が見せた子供の笑顔のようだった。まるで、ルークみたいだ。
そのルークが、ぽかんとした顔でこっちを見ていた。
「は、レン・・・なに?」
「レンブラン。名前付けたの。」
「なんだそれ!俺よりかっこいー名前じゃんか!」
「かっこいー?可愛い名前だと思ったんだけど。」
「かっけーって!」
わしゃわしゃとレンブランの頭を撫でながら、ルークはにかりと笑った。
「レンブラン、レンブランレンブラーン!お前の名前だってよー!」
大声で、というよりはほとんど叫び声で、ルークは何度もレンブランの名前を呼ぶと、
ぎゅーっとレンブランを抱きしめた。
「わっ、ルーク!レンブランが苦しがってる!」
「おわっ、ごめんな!?」
「なにやってんのー。」
けらけらと笑いながらあたし達は、
ルークが作った出来立てのレンブランの小屋の前で、じゃれあうようにして遊んでいた。
一生の中で、この日はただの一瞬の風のようなものなのかもしれないけれど。
ビー玉のようにキラキラと光っているようにさえ思えるそれは、
きっとルークと一緒にいるから成り立っているんだって、あたしはこっそりと思っていた。
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