ルークの後ろ姿を見るのが好きだ。
木に対して、真剣に向き合っているときの彼の背中は、いつもより逞しく、のびのびとしていて、そして率直に見えた。
私は、牧場の仕事を済ませると、決まってルークのいる木工所を訪れた。
日が落ちきってしまう少し前ぐらいに、木工所に私の足は辿り着ける。
一日の最後に、すべての光を凝縮しながら沈んでいく太陽を背に、いつもルークは木と向き合っている。
凝縮した光は濃厚な色合いを作り上げながら、ルークを照らしていた。
私はいつもその姿にはっとなる。
バンダナから覗く彼の髪が、夕日を浴びて奇妙な色に照らされている姿や、
彼が動く度に伸び縮みする影の黒さに、私はどこか神秘的な気持ちにさえなってしまうのだ。
だからルークが、私の姿を見つけて、にかりと笑って大きく手を振ってくれたり、
「アカリ」と明るく呼んでくれたりすると、私は、ああやっぱりルークだ、とわけもなく安心する。
小さな魔法から覚めたようなそんな安心感に包まれるのだ。
ルークは、私がいつも腰掛ける小さな椅子に座るのを確かめると、また木に向かい始める。
木に向かうルークは、木と話をしているようだった。
歌を歌っているようにも見えたし、陽気に踊っているようにも見えた。
彼の金色の瞳が一番きらきらと光っている場面でもあった。ルークのそんな一面を見れるだけで、私は満足気に微笑むことができた。
彼の視線が、木材から私に移る瞬間を心待ちにしながら、私はルークの背中を見つめていた。
金色に光るその瞳が私の姿を捕らえたとき、彼は私に向かって微笑んでくれるだろうか。
突き放したように刺した目線を向けはしないかと、私はビクついてもいる。考えてみれば変な話だ。
ルークは一度だって私のことを睨んだことはないのに。
だんだん日が沈んできていた。
森に影が落ち、地面の色が濃ゆくなっていく。
ルークはふーっと長い息をすると、ごつごつと骨張った手で、木の端から端までをさらりと撫でた。
彼が一日の仕事納めの時にかならずやることだった。
まるで、今日はもうお話は終わりだよと、木にさとすようにその手つきはひどく優しかった。
その時だけルークの手は、私の髪の毛をわしゃわしゃと撫でたり、二人ではしゃいでいる時に掴まれる手とは全く違っていた。
ルークの後ろ姿を見るのが好きだ。
けれど、彼が木と対面する、彼の仕事納めを見るのは、私はどうしても好きにはなれなかった。
なんと言えばいいのか分からないが、木と対面しているときのルークは全く別人なのだ。
ルークが優しい手つきでこんな風に撫でているのは、きっと対面している木だけだ。
私でもないし、他の女の子でもない。
ただ、木たちだけが彼の別人のような手の優しさや温かさを感じることができるのだ。
それを改めて実感する。
ああ、私はきっとこの木たちに比べたら、他の女の子と同じくらいなんだろうなあ、って。
まるで透明な膜の中に、ぴたりと彼らだけが収まってしまったかのように、私にはルークたちがとても遠いところにいるように感じられた。
どれだけ、ルークと仲良くなっても、好きなって恋人同士になっても、キスをしても、愛し合っても、
この膜の中に私が、入ることは決してないのだろうと、そう思った。
その思いがあるからこそ、今一歩私は彼の方に踏み出せる勇気がつかなかった。
彼の仕事を応援したい反面、彼が木と向かい合うのが嫌でたまらないなんて、
周りの人から見たら、ものすごく変だと思われるに違いない。
でも、だったらこの瞬間に立ち会ってみればいいんだ。と私はその人たち全員にいってやりたかった。
ルークが、端から端まで木の表面を撫でり終えた。
うーんと長く伸びをする。
ルークの青に近い髪の毛が、ゆらゆらと小さな風に揺らされている。
ルークがこちらを向く。
金色の瞳は、相変わらず強くて激しくて、どうしようもないくらい真っ直ぐだった。
きっと彼は私の名を呼ぶ。
いつもにかりと笑って、そしてたった三文字の言葉を口から紡ぎだしてくれる。
その瞬間を私はいつも待っている。
木たちの存在を疎ましくも思いながら、私はいつもこの瞬間のためにここへ足を運ぶ。
口が開く。
空気に声が触れる。
私の耳に届く。
滑り込むように、ぱーんと包まれるように、私の身体の中にルークの声が響く。
ああやっぱり、たまらなく愛しいと、そう思う。
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