「付き合っちゃえばいいのに。」


キルシュ亭のテーブルに腰かけて、

わたしは休憩中のキャシーと話をしていたのだけれど、突然のキャシーの言葉に首をかしげた。



「なにと?」

「チハヤ」

当たり前でしょ、という顔をしてキャシーはわたしを見た。

彼女の向日葵色の髪の毛が店内の明かりでキラキラと光っていた。


「チハヤが、スマイル以外でこんなサービスするなんてあなただけよ。知ってる?」


彼女が指差した先には、調理場からのサービスだといって、先ほどキャシーが運んできてくれたショートケーキと紅茶があった。




「仲がいいのよ、わたしたち」


わたしは紅茶を一口すすった。好きなレモンのにおいが鼻腔に広がった。


「だから、付き合っちゃえばいいって言ってるのよ。」

キャシーは後押しするように、もう一度言った。



「どうしたの?なんだからしくないわ。」


わたしは、ショートケーキのイチゴをフォークで転がしていた手を止めて、キャシーを見た。

キャシーはなんだかな、って風に肩をすくめた。


「マイよ、マイ。いい加減見てられないの、あの子。」



わたしは、ハーバルさんが座っているテーブルで注文を聞いているマイの姿をちらりと見た。

いつも楽しそうに笑っている彼女が、誰を好きなのかはわたしも知っていた。











「アカリ」

振り向くと、すぐ近くにチハヤがいた。


「もう、あがりなの?」

「今日はすいてるから。」


「ケーキと紅茶ありがとう。」

「どういたしまして。」



チハヤの肩越しに、マイの姿が見えたけれど、わたしは軽く彼女の背中を追っただけで、

すぐに視線をチハヤの紫色の瞳に戻した。


「帰ろっか。」

「そうね。」


もう一度マイの方を見ようと思ったのだけれど、調理場の方へと消えてしまった彼女の姿は見つからなかった。





わたしの家に着くと、チハヤはすぐにベッドに倒れ込んだ。


「ご飯食べたの?」

「うん、軽くね。」


「お風呂は?」

「今日は、もう眠りたいんだ。」



チハヤが、わたしに向かって軽く両手を広げるような仕草をした。

わたしは、黙ってチハヤと同じようにベッドにもぐりこんでチハヤの腕の中に入った。

途端に、いつもよりも大きな力でぎゅって抱きしめられた。


「・・・なにかあった?」

「ちょっとね。」


わたしはチハヤの胸に頭をくっつけて、心臓の音を聞きながら、今日、チハヤが辛かったこと、悲しかったこと、憎かったこと、

そういった負の感情を感じ取ろうとした。

チハヤが感じたことすべて、わたしの心が受け止められるかぎり、全部受け止められればいいのにと、いつも思う。




「・・・今日、キャシーがおもしろいこと言ってたの。」

「なんて?」

「付き合っちゃえばいいのにって。」


「なにが?」

「わたしとチハヤ」


はは、と軽く笑ってチハヤは私の髪をくしゃくしゃにした。

わたしはそんなチハヤの胸に頭を預けたまま、同じようにくすくす笑った。


「ぼくは、このままがいいよ。」

「ええ、わたしも。」



透明な透き通った液体のように、

なんにも曇っていない、まっすぐで、透明で、なににも属さないような、そんな心であったらいい。

チハヤの心のように。

何かに捕らわれることのない、そんな心に近づければいいと私は思った。



近づいて、くっついて、そしてそのままひとつになってしまえばいいんだわ。



「今度、チェリーパイを作ってあげるよ。アカリ、好きだったろ?」


「ほんと?うれしいな。」


ふたりでぴたりとくっついてしまうと、互いの心臓の音が重なって聞こえた。

チハヤの手が、色とりどりの調理用具でも食材でもなくて、私の髪の毛を触ってくれているのが気持ちよかった。




「もう、寝ようか。」


「うん、おやすみ。」

「おやすみ。」



チハヤの長くて綺麗にそろった睫がゆっくりと閉じていき、紫の瞳が隠れてしまったのを確認してから、

わたしはゆっくりと瞳を閉じた。

それがいつものわたしのくせだった。






これ以上のことはないと思った。


こうしてひとつのベッドの上で、二人で横になって、チハヤの心臓の音を聞きながら、

安心して寝れる日々が続くことだけが、私の幸福なのだ。


他にはなにも望まない。なにもいらない。



ただ、それだけでいい。





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